松島行きは、芭蕉にとってこの旅の大きな目的のひとつでした。松島の絶景に感動したあまり句が作れなかったとし、曾良が詠んだ句を載せています。松島の船着き場から左手へ行けば「瑞巌寺」総門に至る参道が延びています。元禄2年5月9日(陽暦1689年6月25日)、海岸沿いの宿に荷を下ろした芭蕉はさっそく瑞巌寺を参拝。その後、瑞巌寺の奥の院と呼ばれる霊場「雄島(おしま)」へ渡ります。世俗を捨てた人の跡をたずねるのも芭蕉の楽しみのひとつ。西行はじめこの地を訪れた人々に思いをはせます。
松島や鶴に身を借れほととぎす曾良
芭蕉が歩いた道のりに、森村誠一&おくのほそ道再生委員会が光を当て、現代、そして未来に残したい名勝地を‘名蕉地’と名付け、ベスト100景をセレクトしました。

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地産地消、舟遊び・クルーズ・遊覧船
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宮城県・松島
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自然美の極致から伊達家ゆかりの寺院へ
塩釜港から松島へと向かう遊覧船の船内にて。320年の時を越えて絶景に向かい合う
「おくのほそ道」の冒頭で、「松島の月まず心にかかりて」と記したように、芭蕉にとって松島訪問は旅のハイライトのひとつでした。塩釜の浜で小舟を借り切った芭蕉と曾良は、松島湾の島々を縫うように進み、昼頃松島海岸に到着。宿に入り一息つくと荷物を預け、さっそく「瑞巌寺(ずいがんじ)」へ詣でました。また隣接する「円通院」「天麒院」へも立ち寄ったようです。その後、芭蕉は「雄島(おしま)」へ渡ります。雄島は「奥州の高野」といわれ、「瑞巌寺の奥の院」とされる霊場で、僧侶が岩窟を掘って修行をしていました。これら世捨て人の姿にひかれたことが「おくのほそ道」にも記されています。また、見仏上人、西行など芭蕉が慕ってやまない人々がこの地を訪れていることも大きな感興をもたらしています。芭蕉はこの後、「五大堂」「八幡神社」を訪ねました。 ちなみに「おくのほそ道」では、瑞巌寺参拝は翌々日の5月11日となっています。しかし、「曾良随行日記」によると5月9日に瑞巌寺から雄島へ足を運んだようです。これは、松島の絶景に触れた感動をより際立たせるための、芭蕉ならではの文学的な工夫といえるでしょう。
小島の奇観を楽しみカモメと戯れる
松島湾
遊覧船が出航するとカモメが海上を舞うようについてくる
右手後方に見えるのは五大堂。松島港へとまもなく入港する
09年3月9日、午前中に塩竈を訪ね、松島へと向かう森村誠一師匠一行。芭蕉と同じ道のりをたどるべく、海上の道を行くことに。塩釜港のマリンゲート塩釜から出航する松島ベイクルーズの遊覧船に乗り込み、約50分の船旅となりました。船が出航すると、カモメたちがいっせいに船の後方で乱舞しながらついてきます。後部デッキに立ち、カモメと戯れるように、周辺の景観を撮影する森村師匠。塩釜港から松島湾へ船は進みます。海上はたいへんおだやかで揺れもありません。仁王島、小藻根島、鐘島、毘沙門島……航路の左右に島が現れるたびにアナウンスが流れます。俗に808島といわれ、実際には260余島があるという松島湾。島々は、いずれも長い年月波風の浸食を受け奇観を呈しています。きっと芭蕉も目にしたであろう景色を堪能していると、早くも右手前方に五大堂が見えてきました。
政宗の美と熱情を寺院で体感
五大堂、瑞巌寺
五大堂の透かし橋にて。自然美との対比が際立つ人工美の極致
杉木立のなかにのびる瑞巌寺の参道。江戸時代までは、参道の両側に片側6軒ずつの塔頭(子院)が並んでいた
松島港で船を降りた一行は、みやぎ観光コンシェルジュの奥平勝保さんの先導で、まず「五大堂」へ向かいました。小島に立つ五大堂と海岸は朱塗りの橋で結ばれています。この橋は透かし橋と呼ばれ、床板が交互に抜けていて下の海が丸見え。思わず緊張します。これは参拝に際し身も心も乱れのないよう、気を引き締めるためと言われているそうです。現在の建物は、伊達政宗が慶長9年(1604)に建てたもの。芭蕉も、この東北地方最古の桃山建築の建物を眺めたことになります。 港側へともどり、瑞巌寺を目指します。総門をくぐると杉木立が続く参道です。瑞巌寺はもともと慈覚大師により「延福寺(えんぷくじ)」として天長5年(828)に建立されました。その後戦乱の世を経て荒廃した寺を、政宗が伊達家の菩提寺として再興。慶長14年(1609)の竣工をもって「瑞巌寺」と改められました。参道の前方に見える「本堂」の威厳あふれる大伽藍、その手前右手に見える白壁あざやかな「庫裏(くり)」など、いずれも政宗の美意識、文化的熱情を今に伝えてくれます。
天下の絶景と静寂の聖なる島
観瀾亭、雄島
開け放たれた縁側から松島を一望できる観瀾亭。まさに絶景とはこのことか
雄島から眺める松島の春の夕暮れ。空にはおぼろ月が!
続いて向かったのは、松島桟橋近くにある「観瀾亭(かんらんてい)」。「月見の御殿」と呼ばれ、藩主の納涼・観月、幕府巡検使の接待など、伊達家の迎賓館として使われた建物です。もともとは、伏見桃山城にあった茶室を豊臣秀吉から政宗がもらいうけ、江戸藩邸に移築したものを、二代藩主忠宗がこの地へ海路運び移築しました。「観瀾」とは、さざ波を観るという意味で、文字通り波穏やかな松島の景色を堪能できます。東南向きのこけら葺きの京間18畳2室、その四方の縁側部分が、現在一般公開されています。こちらへ上がらせていただいた森村師匠一行、抹茶をいただきながら、絶景を楽しみました。 そして、この日最後に立ち寄ったのが「雄島」です。松島海岸の岸辺から渡月橋を渡ります。島内には僧が修行をした岩窟が点在、その中には壁に刻まれた卒塔婆や仏像などが散見されます。まさしくここが霊場であったことを思い出させます。一方、 この島は松島の中でももっとも景色のすばらしい島であることから「千松島」と呼ばれたことも。一行が雄島へ渡ったのは、春の陽が沈みかけ夕闇迫る時間。霊気に包まれる島を行きつ戻りつし、ふと松島湾上を見ると丸い月が!松島随一の景観を月とともに楽しむ。なんとも贅沢な時間を過ごすことができました。

森村誠一(もりむら せいいち)
1933年埼玉県熊谷市生まれ。青山学院大学卒業後、10年間のホテルマン生活を経て作家活動に入る。『高層の死角』(第15回江戸川乱歩賞受賞)、『腐蝕の構造』(第26回日本推理作家協会賞受賞)、『人間の証明』(第3回角川小説賞受賞)『悪魔の飽食』『コールガール』など数多くのベストセラー作品を著し、本格派推理小説の世界で不動の地位を築く。作家活動40周年にあたる2003年には、第7回日本ミステリー文学大賞を受賞した。
近年は、新たな表現として“写真俳句”の創作、普及にも力を注いでいる。
公式HPアドレス http://www.morimuraseiichi.com/
森村誠一写真俳句館 http://www1.tategaki.jp/morimura/













