江戸俳壇に一家をなした芭蕉が、俳諧の道を極めんと移り住んだのが深川。詫び住まいと旅とを繰り返した芭蕉は、46歳の春、「おくのほそ道」へと旅立ちます。元禄2年3月27日(陽暦1689年5月16日)の早朝、別れを惜しむ門人・知人とともに隅田川を船で千住へと向かいます。徳川家康の江戸入府後、隅田川で最初にかけられた千住大橋。ここから伸びる日光街道を芭蕉は曾良とともにみちのくへと歩みだします。
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家芭蕉
行く春や鳥啼き魚の目は涙芭蕉
芭蕉が歩いた道のりに、森村誠一&おくのほそ道再生委員会が光を当て、現代、そして未来に残したい名勝地を‘名蕉地’と名付け、ベスト100景をセレクトしました。

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庵を結び、深川をこよなく愛した芭蕉
元禄期の江戸深川は、町人や職人の町として活気にあふれた所。水路が縦横に走り、町々を橋がつなぐ水の都・江戸を代表する場所のひとつです。芭蕉は37歳からこの地に庵を結び、俳諧の道へと精進するとともに、さまざまな旅へと出かけました。「おくのほそ道」出立の日、曾良を伴った芭蕉は、深川から舟で千住を目指しました。300年以上の時の流れは、周囲の景観を一変させましたが隅田川の流れは今も変わりません。まさに、芭蕉の思想である「不易流行」(いつの時代にも変わらぬものと、時代とともに変化するものは表裏一体である)を感得させてくれます。
元禄を生きた2つの個性、芭蕉と紀伊国屋文左衛門
清澄庭園
清澄庭園内の「古池や~」の句碑の前で
園内をめぐり、写真俳句の題材を求める森村師匠
2008年9月26日、森村誠一師匠が、深川めぐりの第一歩を記したのは、「清澄庭園」。回遊式林泉庭園として知られる同園の池の奥には、「古池や かはず飛び込む 水の音」の句が刻まれた石碑が。1934年(昭和9)に其角の門流によって建てられたもので、もとは隅田川の岸辺にあったものを、護岸工事の際に移されたもの。現在の清澄庭園を造園したのは三菱財閥創設者・岩崎弥太郎ですが、元禄期に、この地は豪商・紀伊国屋文左衛門の別邸だったともいわれます。清貧のうちに独自の詩境を求めた芭蕉の句碑が、同時代の豪奢の代名詞ともいえる人物の庭にあるとは、ちょっとした歴史上の皮肉な巡りを感じさせてくれます。
芭蕉も愛でたであろう川面の景色
萬年橋~芭蕉庵史跡展望庭園へ
萬年橋の上にて
芭蕉庵史跡展望庭園にて
清澄庭園を出た森村師匠は、川面からの風に誘われるように隅田川沿いへ。小名木川(おなぎがわ)にかかる萬年橋の上へと立ちました。隅田川の対岸を望む景観が気持ちよく広がりますが、往時も景色のよさで知られ、葛飾北斎は萬年橋から望む富士を「富嶽三十六景」に描いています。そして、小名木川が隅田川へと注ぎこむこの辺りこそ、芭蕉の庵があった場所。芭蕉は富士山の姿にどんな感慨をもったことでしょう。現在、橋のたもとには「芭蕉庵史跡展望庭園」が設けられており、芭蕉を茂らせた庭園には、隅田川を見つめる芭蕉の像が。吹き抜ける風を蕉風(松尾芭蕉を祖とする俳諧の流派)に見立て句作に励む森村師匠でした。
江戸下町に芭蕉の足跡を求めて
芭蕉稲荷神社~芭蕉記念館
芭蕉ゆかりの地にある江東区芭蕉記念館
何の変哲もない路地の佇まいにも俳句になる予感が
芭蕉庵史跡展望庭園を出てすぐのところに、赤いのぼりがひるがえる「芭蕉稲荷神社」が。芭蕉が愛でたとされる青い石の蛙が、1917年(大正6)の大津波の際に、この地で発見され、ここを芭蕉庵跡の旧跡と定め、稲荷社が祀られました。ただし、火事による焼失などで芭蕉庵は二度建て替えられており、正確な場所の確定には至っていません。神社をあとに、路地をのぞきながら歩を進めた師匠は「江東区芭蕉記念館」へ。芭蕉及び俳文学関係の資料が展示される中には、津波で出土したあの石蛙も。「おくのほそ道」出立時46歳だった芭蕉。「40代で石の蛙を愛でたって…」。森村師匠は、その枯れた境地に、少々違和感を抱いたようでした。

森村誠一(もりむら せいいち)
1933年埼玉県熊谷市生まれ。青山学院大学卒業後、10年間のホテルマン生活を経て作家活動に入る。『高層の死角』(第15回江戸川乱歩賞受賞)、『腐蝕の構造』(第26回日本推理作家協会賞受賞)、『人間の証明』(第3回角川小説賞受賞)『悪魔の飽食』『コールガール』など数多くのベストセラー作品を著し、本格派推理小説の世界で不動の地位を築く。作家活動40周年にあたる2003年には、第7回日本ミステリー文学大賞を受賞した。
近年は、新たな表現として“写真俳句”の創作、普及にも力を注いでいる。
公式HPアドレス http://www.morimuraseiichi.com/
森村誠一写真俳句館 http://www1.tategaki.jp/morimura/













