名蕉地100選とは
松尾芭蕉が江戸・深川を後にして、日光から草深き奥州の地を目指し、松島、平泉を巡り、出羽三山、越後、金沢、そして美濃路に至る長大な道行き「おくのほそ道」を物したのは、今から300年前、絢爛たる元禄文化がまだ幕開けを告げたばかりの時代でした。
芭蕉が歩いた道のりには、荘厳な大自然の神秘はもとより、古人の叡智が詰まった創造物や、実直で豊かな暮らしぶりがあふれています。東北・北陸にとって観光資源の宝庫、まさに宝の山への道しるべとして相応しいこの名作に、森村誠一&おくのほそ道再生委員会が光を当て、現代、そして未来に残したい名勝地を‘名蕉地’と名付け、ベスト100景をセレクトしました。
No.100 住吉燈台と船町港跡
岐阜県大垣市
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JR東海道本線大垣駅より徒歩15分
芭蕉が大垣に入ったとされる日から計算すると、敦賀から大垣の道中は2日あるいは3日と考えられています。記録がないこともあり、その経路ははっきりとしていません。8月20日(陽暦10月3日)、芭蕉は大垣城の外濠をかねていた水門川舟運の拠点・船町港に到着。谷木因が待っていました。芭蕉が大垣を訪れるのは、これが3度め。知り合いの数も多い安心の地を「おくのほそ道」最終の地に選んだのでしょう。芭蕉は2週間にわたり大垣にとどまり、伊勢長島から戻った曾良とともに、旅の疲れを癒しました。そして9月6日(陽暦10月18日)、伊勢神宮の遷宮を拝むため、曾良と路通とともに舟にて出発しました。
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ






