芭蕉道 日本人のこころのふるさと

芭蕉道限定プログラム 名蕉地100選 芭蕉人 芭蕉道沿いの日帰り温泉 森村誠一、謎の奥の細道をたどる 魂身ルポ 現代によみがえる!松尾芭蕉の軌跡

名蕉地100選 芭蕉がたどった絶景と古寺名刹コレクション

名蕉地100選とは

松尾芭蕉が江戸・深川を後にして、日光から草深き奥州の地を目指し、松島、平泉を巡り、出羽三山、越後、金沢、そして美濃路に至る長大な道行き「おくのほそ道」を物したのは、今から300年前、絢爛たる元禄文化がまだ幕開けを告げたばかりの時代でした。
芭蕉が歩いた道のりには、荘厳な大自然の神秘はもとより、古人の叡智が詰まった創造物や、実直で豊かな暮らしぶりがあふれています。東北・北陸にとって観光資源の宝庫、まさに宝の山への道しるべとして相応しいこの名作に、森村誠一&おくのほそ道再生委員会が光を当て、現代、そして未来に残したい名勝地を‘名蕉地’と名付け、ベスト100景をセレクトしました。

No.92 汐越の松

福井県あわら市

汐越の松

アクセス
JR北陸本線芦原温泉駅より車で15分

大聖寺を北枝とともに発った芭蕉は、吉崎を経て歌枕の「汐越の松(しおごえのまつ)」を見に行きます。芭蕉の歩んだコースをたどると、西行が詠んだとされる「終宵嵐に波をはこばせて 月をたれたる汐越の松」にひかれわざわざ訪れたようです。現在、汐越の松は、芦原ゴルフクラブのコース内、小山の中腹にあり、ねじれた松の枯れ木が横たわっています。

No.93 天龍寺

福井県永平寺町

天龍寺

アクセス
えちぜん鉄道松岡駅下車徒歩10分

汐越の松を見物後、丸岡に泊まった芭蕉は、「天龍寺(てんりゅうじ)」へ向かいます。天龍寺は永平寺の末寺で、松岡藩主松平家の菩提寺でもあります。寺の住持である大夢和尚と芭蕉は旧知の間柄。旧交をあたためたのち、永平寺まで芭蕉を案内したと思われます。現在、境内には別れを惜しむ芭蕉と北枝の像が置かれています。

物書きて扇引きさくなごりかな

No.94 永平寺

福井県永平寺町

永平寺

アクセス
えちぜん鉄道永平寺口駅よりバスで15分

「おくのほそ道」には、「五十丁山に入て、永平寺を礼す」とありますが、芭蕉は永平寺を遙拝していないのではないか、という説も根強くあります。確かに芭蕉が永平寺を参拝した確証はなく、いずれの説も推測の域を出ません。永平寺は、道元を初祖とする曹洞宗の大本山。境内の広さは10万坪にもおよび、七堂伽藍をはじめ70ほどの堂宇が建ち並び、常時200名以上の雲水が修行生活をする国内で最大規模の道場でもあります。

No.95 盛源寺石仏群

福井県福井市

盛源寺石仏群

アクセス
JR九頭竜線一乗谷駅より徒歩30分

天龍寺で北枝と別れた芭蕉は、1人で旧知の世捨て人・等栽のいる福井へと向かいます。等栽宅に2泊したのち、2人は連れだって敦賀をめざします。福井市の南東に一乗谷と呼ばれる谷あいの地があります。朝倉氏の拠点となったところで、その地形から天然の城塞として知られました。戦乱の時代には京都を逃れた有力者などを迎え入れ、小京都とよばれるほどの栄華を誇りましたが、最後は織田信長に滅ぼされました。以後、顧みられることのない土地でしたが、発掘調査により多くの建物の基礎が発掘され、現在は武家屋敷や庭園跡などが復元整備されています。その朝倉氏館跡から一乗谷川を1.5kmほどさかのぼったところにあるのが「盛源寺石仏群(せいげんじせきぶつぐん)」です。寺院に至るまでの参道には、700体余りの石仏石塔が残されています。

No.96 氣比神宮

福井県敦賀市

氣比神宮

アクセス
JR北陸本線敦賀駅より徒歩15分

等栽とともに名月を求めて8月14日(陽暦9月27日)に敦賀に入った芭蕉。宿で十四日の月を楽しみ、その夜のうちに「氣比神宮(けひじんぐう)」へ参拝します。氣比神宮は、古事記、日本書紀にもその名が見える由緒ある神社。大宝2年(702)造営の社殿が、朝倉氏と織田氏の抗争時に灰燼に帰しましたが、慶長19年(1614)に福井藩主結城秀康が社殿造営。ところが昭和20年に戦災で焼失。現在の社殿は昭和60年以降の大造営によるものです。なお、大鳥居は、高さ10.9m。奈良の春日大社、広島の厳島神社と並ぶ日本三大大鳥居のひとつに数えられます。

月清し遊行の持てる砂の上

No.97 気比の松原

福井県敦賀市

気比の松原

アクセス
JR北陸本線敦賀駅より車で15分

敦賀到着の翌晩。楽しみにしていた中秋(8月15日)は、「北陸の天気は変わりやすいから……」といっていた宿の主人のことばどおり雨が降ってしまいました。その残念さを句に詠みました。湾に沿って景勝地が連なる敦賀ですが、なかでも有名なのが「気比の松原」です。樹齢200年を越える松約1200本が生い茂り、三保松原(静岡県)、虹ノ松原(佐賀県)と並び日本三大松原と称されています。

名月や北国日和定めなき

No.98 色浜

福井県敦賀市

色浜

アクセス
JR北陸本線敦賀駅より車で30分

敦賀には西行ゆかりの「色浜(いろがはま・種の浜)」があり、こちらの訪問も芭蕉の目的のひとつでした。芭蕉は、敦賀の豪商・天屋五郎衛門の手配した酒肴を持って、舟で色浜へ向かい、たのしい1日を過ごしました。色浜地区の海岸は、敦賀市街から15kmほど北上したあたり。透明度の高い海が広がり、夏は海水浴で賑わいます。

寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋

No.99 常宮神社

福井県敦賀市

常宮神社

アクセス
JR北陸本線敦賀駅より車で20分

芭蕉に先行して敦賀を訪れた曾良も色浜へ向かい、「常宮神社(じょうぐうじんじゃ)」へ詣でています。常宮神社の創建は大宝3年(703)、氣比神宮の奥宮と呼ばれ、氣比神宮の祭神である仲哀天皇の后である神功皇后を祀ります。浜に面した拝殿からは、湾の景色が一望。敦賀城主大谷吉継が奉納した、国宝の朝鮮鐘を収蔵しています。

波の間や小貝にまじる萩の塵

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